SaaS は汎用サービスを手軽かつ効果的に運用できます。ただ、コストの全体像が正しく把握されることは少ないです。大規模になるほど、その見落としは大きくなります。

SaaS のコストは、契約書の金額だけでは測れません。4つの隠れたコストを取り上げます。

統合コスト

エンタープライズ SaaS の初期コストは高くなりやすいです。SaaS のマーケティングでは「初期費用ゼロ」が売り文句になることが多いですが、現実は異なります。

SaaS は既存システムと統合して初めて使えます。そして大企業にとって、この統合コストが独自開発を上回ることは珍しくありません。どのくらい上回るのか。一から同等のものを作る費用の数倍になるプロジェクトも、決して例外ではありません。

なぜ独自開発より高くなるのか。SaaS は自社のニーズに完全には合わないため、統合用の追加コンポーネントが必要になります。データ移行、API 開発、統合プラグインの購入、各種カスタマイズも加わります。

しかし根本的な原因は別にあります。統合を担うのは、多くの場合 SaaS 提供企業ではなく、第三者の事業者です。その第三者は扱うプラットフォームを完全には理解していません。設計したのは自分たちではなく、内部情報へのアクセスも限られています。プラットフォームへの変更が必要な場面でも、SaaS 提供企業を動かす力は限られています。

自分たちの一員でない企業を、自分たちが管理できないプラットフォームにつなぐ。統合プロジェクトが高くつき、遅くなり、融通が利かなくなるのは必然です。

規模の経済

SaaS の料金体系は、規模の経済に反します。成長に報いるどころか、成長の足かせになります。

典型的な SaaS はユーザー単位か取引単位の課金です。コストは企業の成長に比例して増えます。月額50ドル・100ユーザーの SaaS 型 CRM なら、年間60,000ドルです。1,000ユーザーに増えると、50%の値引きがあっても年間300,000ドルになります。

ユーザーが少ないうちは割安に見えますが、積み上がるにつれ独自開発の費用を超えることがあります。例えば、CRM を構築するのに初期費用100,000ドル+年間保守5,000ドルかかるとします。10ユーザーなら SaaS の年間6,000ドルが断然安いです。しかし約170ユーザーを境に逆転します。それ以上では、1年分の SaaS 費用が、最初から作って所有する費用を上回ります。

規模の経済は確かに生まれています。ただ、その恩恵は利用企業ではなく、SaaS 提供企業のものになります。

機能の肥大化

SaaS は幅広い企業に対応するため、多数の機能を一律に盛り込みます。使わない機能も含め、その開発・維持・提供のコストはすべての利用企業が負担しています。

手間と費用をかけて維持されながら、自社には一切関係ない機能が確実に存在します。

SaaS 提供企業は、事業を展開するすべての地域の規制に準拠するようプラットフォームを作ります。その費用は、地域を問わず全利用企業に分担されます。カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)への対応には複雑で高額な開発が必要です。日本の企業には無関係の規制ですが、その費用を SaaS の利用料を通じて負担しています。

機能の汎用性が業務への適合を狭めることもあります。ソフトウェアを自社業務に合わせるのではなく、自社がソフトウェアに合わせて動くことになります。追加の教育コスト、補助的なツール開発。こうした非効率は見積書には表れませんが、確かな負担として跳ね返ってきます。

上乗せ価格と契約の細かな条件

低いインフラコストが SaaS 本来の強みでした。ハードウェアへの先行投資なしに、クラウド経由でソフトウェアを使えます。

しかし今日の SaaS の多くは、カスタムソリューションと同じクラウドインフラを使っています。そのインフラを、SaaS ベンダーは原価で提供しているわけではありません。むしろ割高になっていることが多いです。

この上乗せは偶然ではありません。多くの SaaS ベンダーには最高売上責任者(CRO)がいます。利用企業が受け入れる上限まで価値を引き出すことを任務とする、明確な役職です。その結果、SaaS 本来のコスト優位は年々削られてきました。

「使った分だけ払う」という約束もいつのまにか変わりました。ライセンス課金が主流になり、統合が完了する前から、ライセンスがまだ使えない状態でも、費用が発生します。

あるクライアントは、稼働すらしていない製品のライセンス料を何年も払い続けました。終わりの見えない統合プロジェクトの間、見込み販売数に基づいて契約したライセンスは放置されました。しかし複数年の契約に縛られ、解除すれば法外な違約金が発生する状況でした。

SaaS は「柔軟性」を売り文句にすることがあります。しかし、契約の細かな条件にせよ、積み上がった埋没コストにせよ、SaaS へのコミットメントは思っている以上に企業を縛ります。

選択肢は何か

選択肢は「作るか、買うか」の二択ではありません。業務の性質と規模によって、SaaS、独自開発、ハイブリッドの組み合わせは変わります。クラウドインフラが整った今日、独自開発の固定費はエンジニアリングチームだけで済みます。規模が大きくなるほど、この選択肢は現実的になります。

見直しの出発点は、総コストの比較です。統合費用、ユーザー数の推移、使っていない機能への支出を並べると、契約書の金額とはかなり異なる数字が出てきます。競争優位に直結する業務に、競合他社と同じ SaaS を使っているなら、なおさら確認する価値があります。