情報システム部門が「このSaaSを導入しましょう」と提案します。経営層は「コスト削減になるなら」と承認します。競合他社も、同じSaaSを導入します。気づけば業界全体が、同じツールで動いています。

これは偶然ではありません。SaaSという仕組みの、設計上の帰結です。

SaaSが解いた問題

2000年代、企業が業務システムを自社で持つには、多くのコストがかかりました。サーバーの購入と保守、専任の運用チーム、バージョンアップのたびに発生する開発費。中堅・大企業のIT部門にとって、これは慢性的な問題でした。

SaaS(Software as a Service)はその問題を解きました。インターネット経由でソフトウェアを使う月額モデルは、設備投資を不要にしました。「使った分だけ払う」という明快さで、企業のIT調達を変えました。合理的な選択として、世界中の企業がSaaSを選びました。

SaaSが生んだ問題

しかし、同じSaaSを使えば同じシステムで動きます。競合他社が明日、同じツールを契約すれば、自社の業務フローはそのまま真似できます。SaaSを使うほど、差別化が難しくなります。

この問題が表面化してきたのは、SaaSが普及しきったからです。かつて「コスト削減の手段」だったSaaSが、今は「競争優位を失う原因」になりえます。

バリューチェーンで考える

企業の業務すべてが、競争優位に関わるわけではありません。

勤怠管理や経費精算は重要ですが、そこで競合他社に勝つ必要はありません。汎用ツールで十分です。一方、顧客への推薦ロジック、在庫と物流の最適化、会員の囲い込みの仕組みは、競争の核心にあります。同じシステムを競合と共有すれば、その優位は失われます。

ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授はこれを「バリューチェーン」と呼びました。自社の競争優位を生む活動の連鎖です。バリューチェーンの中核には独自の仕組みを持ち、外周はSaaSに任せる。 この切り分けが、今日のソフトウェア戦略の起点になっています。

なぜ今、独自開発が現実的になったか

かつて、独自開発には多額の初期投資が必要で、開発期間も長くかかりました。IT部門が社内で開発するか、大手SIerに外注するか。いずれもリリースまでに時間がかかり、その後の保守コストも続きました。

今日のクラウド環境は、その前提を変えました。開発環境はAWSやGCPで即日立ち上がります。設計からリリースまでのサイクルが短くなり、変更も効きます。かつてコストの大半を占めていたのはインフラの調達と運用でした。クラウドがそれを不要にしました。

独自開発は「特別な選択」ではなく、現実的な選択肢のひとつになっています。

どこを作り、どこを買うか

自社のどの業務が競争優位に直結しているか、整理してみてください。そこに使っているシステムが競合他社にも同じように開かれているなら、それが見直しの出発点になります。

このシリーズでは、その問い直しに必要な考え方と実例を書いていきます。